2026年2月4日 大日ヶ岳山スキー

その年の12月、冬はまだ本気を出していなかった。
クリスマス寒波は現れず、正月のスキー場には「雪不足」という言葉が静かに漂っていた。

だが2月。寒波はようやく役目を思い出す。
山は雪をまとい、これまで行く手を阻んでいた藪は沈黙した。
山スキーヤーにとっての扉が、静かに開いた瞬間である。

新雪滑降——
それは単なる移動ではない。
軽い雪が舞い上がり、重力の存在が曖昧になる時、滑り手は知る。
自分は今、地球にいながら宇宙に近づいているということを。

道具も進化した。
太く、軽くなった板。洗練されたビンディング。
文明の進歩は、経験を重ねた身体をそっと山へ送り出す力となっている。

当初予定は2月1日。しかし天候は移ろう。
だが彼らには“時間の自由”がある。
日程は4日に変更された。快晴の予報が、その決断を後押しした。


朝6時、犬山を出発。
静かな車内に期待が満ちる。
7時50分、高鷲スノーパーク着。
ゴンドラは平日の朝を迎え、乗客はまばら。
山頂への移動は、驚くほど静かに、そして迅速に進んだ。

前日の晴天による雪質悪化は懸念されたが、低温が雪を守っていた。
トレースは残る。しかし荒れは少ない。
条件は、整っている。

登高は順調。
風が雪を運んだ場所で一部トレースが消えても、歩みは止まらない。
そして山頂。彼らがその日の最初の到達者だった。
石碑は雪に包まれ、積雪の深さを物語る。
空は澄み、白山、御岳、乗鞍、北アルプスの峰々が、遠く静かに連なっていた。


滑降が始まる。大日谷。
雪はやや浅い。それでも多くの斜面が未滑走。
板が描く線は、白いキャンバスに刻まれる一筆となった。

再び登る。
紅一点Nさんが、誰も踏んでいない雪原を切り開く。
その力強い歩みに、年齢という概念は見当たらない。

一方でTさんのビンディングは沈黙を拒む。
軽量装備の宿命か、深雪の中で思うように応じない。
山では時に、金属もまた気分屋となる。

進路の判断、シールの付け外し、登り返し。
小さな選択の積み重ねが、一日の質を決めていく。


東の叺谷へ。
ここに残っていたのは、期待通りの深雪。
滑り手たちは、その斜面と対話するように、静かに、そして確かに滑り降りていった。

再びの登り返し。トレースの恩恵を受けつつも、ビンディングとの対話は続く。
それでも歩みは止まらない。

最後は入山地点へ戻り、整備されたゲレンデを滑り降りる。
自然の雪と人工の雪、その違いを足裏で感じながら。


この日のメンバーは66歳、75歳、80歳。
数値として見れば高齢。
だが山は、年齢を尋ねない。

必要なのは経験、判断、仲間、そしてもう一度登ろうとする気持ち。

80歳の山スキーヤーが静かに滑るその姿は、
声高な言葉よりも雄弁に語っていた。

挑戦とは、若さではなく、生き方である。